小中高生の子育て

“いる”を喜ぶ。

全国的な有名人  明石家さんまさんの「生きてるだけでまるもうけ」や、
家族支援の有名人 西野博之さんの  「生きてるだけですごいんだ」と同じ。

いるを喜ぶ。イルヲヨロコブ。
たった七文字のシンプルなこと。言いかえると、

ただ、その子が存在することを喜び、なにも求めず、ただその子の思いを尊重する。
(甘やかすとか、子どもの言うことをなんでも通すというのとは違います。)

 
これだけ。
これができたら、子育てなーんもこわくない!
でも、これが難しい!

私の失敗を踏まえて、この子育ての極意を実現する方法を考えました。

簡単なことなのに、できない……

まずは私の失敗談から。

親身のアドバイスさえ効果なく

「べつにどんな学校でもいいじゃない。サクちゃん(私の娘の名前)が決めたことを応援してあげなよ!」
私の子育ての師匠は、娘の進学にあたって、繰り返し繰り返しそうアドバイスしてくれました。

でも私は、
(……そう言われても…。××大学卒業っていう肩書は、一生ついてまわるし、高校は有名進学校出身なんだから、人並みに勉強すれば、名の知れた大学のどこかには引っかかるはず……。)
と思って、彼女のアドバイスに耳を傾けませんでした。

彼女は熱心に私を説得しました。
「ウチの子達が順調に進学したように見えるかもしれないけど、ウチだって、本人の実力より低いレベルの大学に行きたいって言ってもかまわず応援してたよ! 結果的に、そこは行かなかったけど」

そんな親身の忠告も、当時の私にはぜんぜん入ってきません。
(実力より低いって言ったって、それ、北海道大学でしょう? 結果的に京都大学行ったんでしょう? 他のきょうだいも東京大学と京都大学でしょう? そりゃあ、なんにも文句はないよね。もともとIQの高い、優秀な家系だから、そんな悠長なことが言えるんだよ)
と、内心悪態さえついていたほどです。

今なら痛いほどわかります。

彼女の忠告は、当時の私には、なによりも大切なメッセージだったと。
納得しない私を、哀しそうな瞳で見つめる彼女の表情は、今も、目に焼き付いています。

プロの私でも落ちた罠

私は、プロの家族支援者・ファミリーライフエデュケーターとして、乳幼児のお母さん方に「子どもを信じて」「ゆったり育てよう」と繰り返し伝えてきました。
知識では、「いるを喜ぶ。」ことが絶対だいじということも充分すぎるほど知っています。

それでも自分の子育ては失敗しました。

乳幼児の頃は理想に燃えて「いるを喜ぶ。」を充分実践していたのに。
小学校時代も、お受験の罠にかからず、ゆったりと構えて地元中学に進み、高校も、地元の都立高に進学させたのに。

最後の最後で、

「娘さん、すごいね」
そんな周りからのコメントがほしくて、有名大学進学や海外留学にこだわってしまう。
友人の子どもたちが
「××大学に進学」「××に留学」
というニュースを聞くたび、胸の中のモヤモヤが抑えきれない。
そして、
「どうしてあなたは頑張れないの?」
と問い詰めてしまう。

私は娘の最終学歴をキラキラしたものにしたくて、師匠のアドバイスを聞かず、そんなことを繰り返していました。

子どもからの無言のメッセージ

私が、「いるを喜ぶ。」からかけ離れた子育てをしていることを気づかせてくれたのは、ほかでもない、娘自身でした。

私が、進学に際してなにもしようとしない彼女に憤慨し、あの手この手で説得しても、彼女は、決して動きません。
母娘喧嘩の毎日が長い間続きました。
それでも頑として動かない彼女に、私はとうとう匙を投げ、彼女の大学進学をあきらめます。

もうどうしようもない。

悩みぬいた私が、心から「もう、彼女の思うように生きたらいい」と覚悟を決めるのと時を同じくして、やっと彼女は動き始めます。
私の意識が変わり「いるを喜ぶ。」の境地に至ってすぐ、石のように動かなかった彼女が、動き始めたのです。

「いるを喜ぶ。」を阻んでいたのは……

私の「いるを喜ぶ。」を阻んでいたのは、突き詰めて考えると、これです。

他者からの評価。他者との比較。

 
私を含めた誰もが、みんなに「すごい」「りっぱ」と思われたい欲望にかられている。
他者からの評価や他者との比較から自由になれなくて、だから「いるを喜ぶ。」を実現できない。
その他者からの評価や他者との比較のもとになっているのは、真理ではなくて、その社会特有の一時的な価値観にすぎないのに。

アフリカ大陸の住民は、日本の有名大学のことなんて知らない。
300年前の日本人だって、大学の名前にこだわる意味なんてわからない。

思い通りにいかない娘と長い間対峙することで、永遠の真理だけが大切と口で言いながら、世俗的な「すごい」「りっぱ」へのこだわりが、私の芯に巣食っていたことに、私ははっきりと直面させられたのでした。

「いるを喜ぶ。」実現への道

私のような失敗をしないために、どうすればいいかを考えました。

生まれた頃を忘れない

きっとみんな同じ。

まだ赤ちゃんの頃は、ほんのちょっと笑顔を見せるだけで、あんなに喜んでいたのに。
小さい頃は、ただ「すくすくと育てよう」とそればかりを考えていたのに。

小学校に上がれば、かけっこで一番になってほしいとか、
テストでいい点を取ってほしいとか思い始め、

中学で受験を考えたり、
高校で少しでもいい偏差値の学校に行ってほしいと思ったりして、

高校中退を避けたり、
大学や専門学校への進学を望んだりして、
最終学歴をなんとか人より少しでもイイ感じになってほしいと願う。

mami
mami
私もここでつまづいた

だって、世の中が、「幸せなふつうの人を育てる」子育てより、「有名大学に入学させる」「プロスポーツ選手を育てる」子育てをもてはやすから。
「すごい」や「りっぱ」がだいじという価値観にずっとさらされているから、親子ともども、つい、少しでも「すごく」「りっぱ」に子育てしようって、思ってしまう。
そしてそればかりに夢中になって、気づいたら、「すごい」や「りっぱ」よりだいじな「しあわせ」を手放してしまうことがある。

だから、生まれた頃を忘れないで。
他者の評価や他者との比較にまどわされないで。
「いるを喜ぶ。」が一番だいじと忘れないで。

mami
mami
多分、幸せな成功者は「いるを喜ぶ。」子育てを受けた人。
だけど、成功だけ目指して子育てすると「いるを喜ぶ。」を忘れがち。

それでも伝えたい

いちばん最初に子育ての師匠のアドバイスを、私が真剣に聞いていれば、長い間、母娘の冷戦をすることもなかったかもしれません。

この記事を読んでくださった方の中にも、辛い渦中におられる方がいて、私が「どうせあなたの子どもは京都大学じゃないか」と思ったのと同じように、「結局、あなたの娘も自分で動き始めたんだからいいじゃないか」と、思われているかもしれません。「こじれてしまった状況は、そんな簡単には解決しない」というため息さえ聞こえる気がします。

それでも、変化の階段の礎になれるかもしれないと信じて、伝え続けます。
私の師匠が、哀しそうな表情で、聞き分けのない私に、切々と伝えてくれたのと同じように。

世間の評判なんて、気にしない。
他の人となんか、比べない。

すべての既存の価値観から自由になって、理性で自分に言い聞かせなくても、嘘偽りなしに心の底から、その子が存在することそれ自体を喜べたら、きっと、扉が開きます。

状況によっては、親だけで頑張らずに、いろいろな社会的リソースを活用しながら、「いるを喜ぶ。」を考えてみてください。

「いるを喜ぶ。」で手に入るもの

既存の価値観から解き放たれ、「いるを喜ぶ。」の子育てを、心底、まるで息をするようにできるようになると、まず親自身がすがすがしい自由を手に入れます。世間の評判に惑わされず自分の目で物事を見たり、他の人の成功を自分と比べず素直に受け入れたりできるようになります。

私の場合も、今から考えると、私の、身体の芯や心の底から抜け切れていなかった世俗的な欲や価値観を、あのとき、娘が人生を懸けて、粉々に砕いてくれたのだと感じます。
そしてそれは、家族支援者としてやっていくために、私に絶対に必要なことでした。

mami
mami
娘に懺悔と深謝です。

娘は、教員養成課程を持つ大学と提携する専門学校へ進み、保育士・幼稚園・小学校の教員免許を取得し、今は教壇に立っています。
彼女は言います。
「私は進路に悩んで足踏みしたことも、大学に行かず専門学校に行ったことも後悔していない。それが、私にとって必要なことだったんだと思う。」
本当は、私が無理を強いなければ足踏みすることなんてなかったのに、そんなふうに言ってくれるなんて……。

やっぱり、子育ては子どもに任せるとうまくいく。
のかなあ。